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名前がたくさんサツマイモ [不定期歴史エピソード]

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見てお判りになると思いますが、サツマイモです。
DOLでもワンガヌイやパンジェルマシンなどで買えますね。
今日はこのサツマイモのお話です。(歴史ではないかもw)

サツマイモの原産地は中南米。
歴史はとても古く、ペルーの遺跡からは1万年以上前のサツマイモの根が出土しています。
紀元前3000年頃には、熱帯アメリカでのサツマイモの栽培が広く普及していたようなので、
それ以前から人類はサツマイモの栽培を始めていたとされます。

江戸時代に日本に伝えられたサツマイモ。
現在は「サツマイモ」という呼び名が一般的ですが、
他にもたくさんの名前を持っているので紹介します。

サツマイモはその名の通り薩摩藩に定着したことから今でも呼ばれている名前です。
その薩摩では「唐芋」、長崎の一部では「琉球芋」などと呼ばれていました。
これはサツマイモの伝わり方が中国から琉球へ、琉球から日本列島へ
ということ含んでいるのかもしれないですね。
他にも「蕃藷」(中国語で「外国のイモ」という意味)や「甘藷」という名も。
中でもユニークなのが「十三里」という呼び名。
これはサツマイモの名産地である川越から、
供給場所である江戸市中までの距離が約十三里であったことに由来しているそうです。
その名を使って、江戸の焼いも屋はおもしろい売り文句で売っていました。
「栗よりうまい十三里」
「栗(九里)より(四里)うまい十三里」ということです。
う~んすばらしいw
なかなか風情あるいいネーミングだなぁと思います。
似たような名前で「八里半」もあります。
サツマイモは栗(九里)と似たような味だから八里半てなわけです。

いろいろな名前のあるサツマイモでした。
割とどこでも育つため、救荒作物とされてきたサツマイモ。
食料自給率の低い日本では、万が一各国からの食料供給がストップしたら、
かつて享保の大飢饉が起こった時助けてくれたように再び我々を救ってくれることでしょう。
そうならないように願うばかりです( -人-)
それではまた(* ^ー゚)ノ

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男か女か [不定期歴史エピソード]

DOLの冒険クエでも出てくる、「ハンニバル」。
敵からも味方からも恐れられるほどの人物だったそうですが、
そんな彼にもにわかには信じられないようなエピソードがあります。

ハンニバルには女性用のかつらを集める趣味があったというのです。
彼はローマ側から暗殺されるのをとても恐れていたため、
女装をして暗殺者の目をごまかそうとしていたとのことです。
ただこの話はローマ側の歴史家が伝えたものなので信憑性は薄いです。

逆の話もあります。
女性が男装する場合です。
古代エジプトのハトシェプスト女王はつけひげをつけていたそうですし、
ジャンヌ・ダルクなんて髪を短く切り、鎧を着て戦ったので有名ですね。

他には、男ではなくて女であったなんて話もあります。
川中島の戦いで武田信玄と凄絶な死闘繰り広げた上杉謙信は、
女性であったという説があります。
裏付けの史料もたくさん発見されているそうです。
また、性同一性障害だったという説もあります。
徳川第9代将軍の家重も、女性だった可能性が高いそうです。

どの話も嘘か本当かはわからないですが、
男性だったか女性だったか逆の場合を考えてみるのも面白いものです。

それではまた(* ^ー゚)ノ

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人間て [不定期歴史エピソード]

739px-Malinche_Tlaxcala.jpg

画像はアステカを滅ぼしたコルテスと、
コルテスの通訳兼愛妾兼参謀として仕えた女性「マリンチェ」です。
DOLの冒険クエでもコルテス関係のクエがありますね(^∀^)

今日はDOL内で主立った活動をしませんでしたので、
マリンチェについての不定期歴史エピソードをお届けします。
といってもマリンチェについての歴史気的なことではなく、
マリンチェにまつわる現代においての人種差別問題を取り上げたいと思います。
少し真面目な話なのでつまらないかもしれないです(;^ω^)イツモツマラナイカ…

マリンチェがどんな人かだけ少し。
マリンチェはタバスコという街で奴隷として生活していました。
そこをコルテスが襲ったとき、地元の有力者が財宝と奴隷の女20人を生贄としてさし出しました。
その中にマリンチェが含まれていたことがコルテスとの出会いです。
初めは通訳として、後に参謀として妾としてコルテスに付き従いました。
コルテスとの間にマルティンという子を授かったのですが、
その後のマリンチェの消息は記録に残っていないそうです。

現代のラテンアメリカ(中南米)が抱える社会構造が問題があります。
ラテンアメリカには大別して3種類の人種がいます。

・先住民族の末裔「インディオ」
・現地生まれの白人の子孫「クリオーリョ」
・インディオとクリオーリョの混血である「メスティーソ」

例えるなら、インディオ=マリンチェ、クリオーリョ=コルテス、メスティーソ=マルティン。
メスティーソはメキシコで「マリンチェの子」と呼ばれ、
蔑視的、自嘲的な意味を込めて使われています。
同胞であるアステカ人たちを見捨てコルテスの味方となった「マリンチェ」の名は、
現代のメキシコでは淫売、裏切り者の代名詞となっています。
そのマリンチェとコルテスとの混血であるメスティーソ(マルティン)は・・・ということです。
白人からは妾の子、インディオからは征服者の血を継ぐものとして差別されてきました。
他にも黒人奴隷と白人の混血である「ムラート」、黒人と白人の混血は「サンボ」と呼ばれています。

人間社会ではこうした差別がしばしばおきます。
メスティーソとクリオーリョ、人種は違うかもしれませんが、人間的にどこが違うのでしょうか?
黒人と白人、肌の色が違うだけでなぜ差別されたのか?
同じ国に住んでいる違う民族同士が殺し合うこともあります。
同じ日本人同士でも差別はあります。
学校に始まり、社会にでてからもあります。
どうして人はくだらない差別をするのか?
不思議でなりません。
たしかに何かをするときに相手との格差であったり優劣関係は生まれてくるものです。
時にそれを人間は人種的、民族的な違いと錯覚してしまうのだと思います。
「人間」としてはなんにも違うことはないはずなのに。
願わくばこの世界からそういった差別の類がなくなればと望んでいます。

たま~に単純に「どうして?」と思ってしまうことがあります。
いつも少ない脳みそで自分なりに考えてみていますが、
ボキャブラリーが少ないのでそれをうまく説明したり活字として表すことができません。
そんなとき今日みたいにわけのわからんことを綴りますが大目に見てやってください。
それではまた(* ^ー゚)ノ

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クッククックー♪青い鳥~♪(意味はないです) [不定期歴史エピソード]

今日は用事があったのでDOLにINできませんでした。
ですので、恒例(?)の不定期歴史エピソードをお届けします。

第6回目の今回は、
ジェームズ・クック(1728-79)です。

475px-Captainjamescookportrait.jpg

まずは、お詫びを。
タイトルふざけてすいません(*_ _)
意味はないですと書きましたが、思いっきりダジャレでしたね。
以後気を付けますw
気を取り直して・・・w

クックの太平洋島嶼地域の航海における功績は今なお色褪せることなく素晴らしいものであります。
1768~80年にかけての3度の探検航海で様々な発見をしたクック。
クック自身は1779年にハワイで現地住民との争いで殺されています。
最期は、自らが友好の証として島民に贈ったナイフで刺し殺されたといわれています。

クックは、ほんとに色々なエピソード持っていて全部語ろうとするときりがないので、
個人的にクックのとても聡明な人柄に感心したエピソードをひとつだけ紹介します。

1768~71年の第一回航海の時、彼は史上初のことをしました。
それは、壊血病による死者を一人も出さずに世界一周の航海を成し遂げるということです。
壊血病とは、長期間にわたりビタミンCが欠乏することによって、
歯茎などからの出血に始まり、歯が抜け落ち、やがて死に至るという病気です。
当時、保存食として積み込まれていたビスケットや塩漬けの肉は
ビタミンCが少なかったため、長距離航海では壊血病が頻発しました。
戦死や遭難死より、壊血病での死者のほうが多く、深刻な問題でした。
この航海でクックは、イギリス海軍の原則として、
ザワークラウト(キャベツの塩漬け)を大量に船に積んでいました。
キャベツはビタミンCが豊富で塩漬けにすれば長期保存も可能なため、
ビタミンCの不足を補えるのです。
しかし、最初船員たちはザワークラウトと食べようとしませんでした。
彼らはザワークラウトを食べる習慣がなく、また、新しい習慣を強要されるのが嫌いでした。
食べなければ、いつか壊血病になってしまうため、食べさせなければなりません。
では、どうやってクックは船員たちに食べさせたのか?
彼は、ザワークラウトを食べることを船員たちには強要せず、
ただ、士官たちに食べさせているだけでした。
船員たちは士官がザワークラウトこぞって食べているのを見ました。
上官たちがありがたそうに食べているのを見れば、自分たちも食べたくなるのが人情です。
この案は功を奏し、1週間後には逆に食べ過ぎないように制限しなければならないほどだったそうです。

何をするにしても、物事を決して人に対して強制せず、
見事な統率力で船を指揮したクックの聡明さが如実に表れているお話だと思います。

DOLでは自分もこのようなすばらしい提督になったつもりで日々の航海をしています( ^▽^)
それではまた(* ^ー゚)ノ

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明日お休みします [不定期歴史エピソード]

本日、
2月25日(月) 15:00 ~2月27日(水) 10:00 の時間帯でSo-net blogがリニューアルするため、
So-net blogすべてのサービス利用できなくなるそうです。
ですので、今日はこんな時間での記事更新になります。
密かにしたためておいたこちらの記事をアップしておきます。

不定期的にですが、歴史上の人物などのエピソードを紹介するコーナーをやっています。
1回目2回目3回目4回目
5回目の本日は、 DOLでも考古学者転職クエに関係してくる
「トロイ遺跡」や「ミケーネ遺跡」を発見した人物、「ハインリッヒ・シュリーマン」です。

 

シュリーマンは、ペリーによって鎖国を解かれたばかりの幕末の日本に一度だけ来ています。
来日する前に滞在していた中国での感想は、
当時の中国人の衛星感覚の低さを指し、「不愉快である」と言っていました。
日本に対しては、素晴らしいところだと聞いていたらしく大変期待をして来日したそうです。
滞在中は、南関東(横浜、町田、八王子、日本橋、上野など)を訪ね歩きました。
女性の和服や髪形にも注目しています。
「日本刀が鉄の釘を紙を切るごとく斬れる」というような噂を信じていた彼は、
刀屋で「やってみてくれ」と言って店主を困らせています。
日本人がチップや賄賂を受け取らないこと、街全体がきれいに清掃されていること、
中国とは正反対の光景だったため、彼にとって日本は大変良い印象の国に感じたようです。
ただ、日本人の保守的なところに関しては批判をしている部分もあります。
そんな日本好き(?)なシュリーマンは、トロイ遺跡を発見したことで「とても良いこと」をしたような印象を受けます。
彼は詩人・ホメロスの書いた叙事詩イリアスやオデュッセイアに心酔して、
トロイは実在するとの信念を持って遺跡発掘していました。
その彼にとって重要なものは、ホメロス関係の遺跡だけであって、
ギリシャ時代以外の建物などは価値がないと判断して、発掘作業員には壊すように命令していました。
これによって多くの貴重な遺物が破壊されてしまったことは紛れもない事実です。
たしかにトロイ遺跡を発見したことは考古学的に素晴らしい発見であります。
しかし、それ以外は無価値であるかのような考え方だったシュリーマンを手放しで褒めたたえることは出来ないのであります。

ブログ開設後、休まず毎日更新してきたのでここで途切れてしまうのは残念ですが、
明後日からまたしっかり頑張りたいと思います。
リニューアルで管理機能などが強化されるのは少し楽しみですし(´∀`*)
それではまた(* ^ー゚)ノ

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